保精養生法 『霊枢・本神篇』には「生之来、謂之精」とある。精は人体を構成し、栄養する物質であり、人の生殖機能、成長、発育、壮盛、老化の全過程は主に腎精と腎気によって決まる。 『素問・金匱真言論』では「夫精者、身之本也」と述べている。精は人体内で常に消費され、同時に補充され、新生され、生命を維持している。人の健康状態は、腎精がどれだけ充足しているかに左右される。つまり、腎精は健康と生命に直接影響する。『類経・巻一』には「善に養生する者、必ず其の精を定め、精盈すれば気盛なり、気盛すれば神全なり、神全すれば身健なり、身健すれば病少なり、神気堅固、老而益壮、皆本乎精也」とある。ここから、古人は精・気・神を人体の基本物質、すなわち生命活動の基礎と考えていたことがわかる。精は気の根であり、気は精から生じる。精が衰えれば必然的に気虚となり、気があるから生きており、気がないから死ぬ。また、精は神の源であり、精があるから神がある。神が充足すれば体は強くなる。神が衰えれば当然体は虚弱になる。精・気・神はいずれも欠かせず、互いに補い合うが、最も根本的なのは腎精であり、腎精は人体生命の主宰者である。 中医学では、腎は精を蔵するという先天の本である。『素問・上古天真論』には「腎者主水、五臓六腑の精を受けて蔵之。若し精を蔵さず、則ち五臓皆衰、筋骨解惰……髪鬢白、岙体重、行歩不正」とある。これは腎精が盛んであれば生命力が強く、外界環境の変化に適応でき、体に不利な要因に対する抵抗力を持つことができることを示している。したがって、養生には節欲が必要であり、節欲すれば精を保ち、精気旺盛で衰えない。長寿につながる。 寡欲で腎を養う 寡欲して精を保つ。精を保つには腎を養う必要がある。腎は精の府である。腎精が耗えれば、元神が乱れ、早衰・短命を招く。唐代の孫思邈は「精少則病、精尽則死」と述べている。精は生命の根であり、精が強ければ神も強くなり、神が強ければ長寿になる。逆に、欲望を放縱すれば精虚となり、精虚は必然的に気虚となり、体形が痩せ、顔色が萎え、膝が細く、脚が震え、皮膚が張り、毛が抜け、労働に耐えられない。 古代の『長生秘典』は、節欲をせず精を保たなければ、人体に危害が及ぶと指摘している。「内労神明……外労形質、具足夭折、唯房勞較甚、为其形與神交用、精與氣均傷也」と。 欲望を抑えず、交合しなくても精は自ずと流出する。これを「暗耗陰精」と呼び、これも腎を傷つけ、寿命を縮める。精神を内に守り、腎を養い、精を保つには、寡欲が重要である。 節労して血を養う 養生の道には節労が必要である。労働と休息のバランスが取れていることが、精を保つ方法である。 欲望を抑えることで精を消耗することは誰もが知っている。しかし、精は血から成る。日常的な疲れが過ぎれば、血を傷め、精を損う。脳を過度に使うと、長期間にわたって思慮が血を消耗する。眼を過度に使うと、長時間視力に負担がかかり、血を消耗する。耳を過度に使うと、長時間聴覚に負担がかかり、血を消耗する。したがって、労働と休息のバランスを取ることで、精を保ち、血を養うことができる。 怒りを鎮め、筋骨を養う 人が常に怒りを覚えれば肝を傷つける。肝と腎は相火を司り、肝は疏泄を主とするが、腎は閉藏を主とする。相火が乱れ、肝の疏泄が過剰になると、腎は閉藏できず、房事の有無に関わらず陰精を傷つける。したがって、精を養うには怒りを鎮める必要がある。 肝は筋を主し、腎は骨を主する。頻繁に怒ったり、房事を行ったりすれば、肝腎が傷つき、筋骨に栄養が届かず、体は必然的に衰える。また、喜怒の節制が失われ、精神活動が異常になると、情志が不調となり、気機が通らない。肝腎に悪影響を与え、体を傷つける。 節精して脳を補う 節精補腦とは、夫妻の房事において精を放出するのを適切に制御し、調節することを意味する。射精直前に目を閉じ、上を見上げ、意識を頭頂の百会穴に集中させる。要は、注意力を房事に集中させず、精をあまり放出せず、または放出しないようにし、精を返して脳を補う目的である。 『玉房秘訣』には「人に目が明るくなる道は、動くときに射精しようとする瞬間、頭を仰ぎ、息を止めて大声で叫び、目を怒らせて左右を見る。腰を曲げて精気を戻し、百脈に取り込む」とある。これより、節精補腦は神志を内に守り、精気を固め、耳目を鋭くし、養生に有益であることがわかる。
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