養生の根本—徳と性 道徳修養と健康、養生との関係において、我が国歴史上の多くの思想家や養生家は、性を養い、徳を養うことを養生の重要な位置に置き、時には「養生の根本」とさえ評している。 孔子は「徳潤身」「大徳必得其寿」「仁者寿」「修以道、修道以仁」などの観点を提唱した。仁とは、人間関係における同情心や友愛感情を指す。寿とは二つの意味を持つ:一つは人の実際の寿命を指し、もう一つは「死しても亡くならないことを寿」という意味である。つまり、ある人は実際の寿命がそれほど長くなくても、業績や英名が長く伝わるため、その寿は常人を越えると言える。 老子は「少私念、去貪心」と主張し、「禍莫大於不知足、咎莫大於欲得」と述べている。物質享受に貪欲な人は、得陇望蜀になり、思い上がり、甚だしくは他を損して己を利し、自らも常に心が不安定になり、心理的負担が重すぎて健康を損なう。 孟子は「愛生而不苟生」という積極的な養生観を提唱し、仁義を生命よりも高い価値に置き、必要ならば「殺生して義を取る」べきだとした。彼の「富貴不能淫、貧賤不能移、威武不能屈」は、千百年にわたって仁人志士の徳を養う名言となった。また、「老吾老、以及人之老;幼吾幼、以及人之幼」という尊老愛幼の社会風尚を提唱した。彼は、良好な道徳修養は気功練習と同様に人体に有益であり、誰もが「善養浩然之気」すべきだと考えた。 漢代の董仲舒は「養心は義に頼る」と述べ、高尚な道徳・情操は心を常に愉悦に保ち、心の健康を維持することができるとした。「夫人有義者、雖貧能自樂;而大無義者、雖富莫能自存」とも述べた。「故仁人之多寿者、外無貪而内清静、心平和而不失中正、取天在之美以養其身」とも。 唐代の孫思邈は『千金要方』で、「性既自善、内外百病悉不自生、禍乱災害亦無由作、此養性之在経也」と述べた。 明代の『寿世保元』には「積善有功、常存陰徳、可以延年」とある。張景岳は『先后天論』で「唯楽可以養生、欲楽者莫如為善」と述べ、善行、喜び、養生の関係を簡潔に明らかにした。 清代の養生家石天基は「善養生者、当以徳行为主、而以調養為佐」と述べ、常に安静な心、正直な心、喜びの心、善良な心、和悦な心、安楽な心を保持することを養徳の要諦とした。
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