釣りは無限の喜び 釣りは老若問わず、濃厚な情趣を伴う有益な活動である。秋の澄んだ空気、清らかな水、魚が肥える黄金期に、友人と郊外へ遠足し、大自然の美景を楽しんで、獲れた魚の喜びを静かに味わうことは、まさに無限の喜びである。 釣りは通常、江河湖海のほとり、木陰が茂り、山清水秀な場所を選ぶ。釣り人は太陽の下で過ごすこともあれば、木陰で涼を取ることもある。周囲の湖光山色を眺め、負イオンを多く含む新鮮な空気を呼吸することで、心が洗われ、心が広がり、心が安らぐ。中医古典『素問・生气通天論』には、「蒼天の気は清浄であれば志意が治まり、順応すれば陽気が固まる。よって賊邪があっても害を及ぼさぬ」とある。これは、釣りを通じて大自然の太陽と新鮮な空気に触れ、飽食できることで、代謝を促進し、人体の抵抗力を高めるのに非常に有益であることを示している。 釣りは心を落ち着け、感情を調節する。釣りの第一条件は環境の静けさと人の专注である。釣り人は竿を手離さず、浮きを眼で追う。このとき、仕事や家庭の煩わしいこと、悩み事はすべて頭から追い払われる。心理的意念は「魚が食いつく」瞬間の情趣にのみ集中する。もし幾匹の元気な魚を獲ることができれば、その喜びは他に類がない。したがって、釣りは厳粛な態度と活発な行動を兼ね備え、内には思慮の憂いがなく、外には疲労の心配もない。精誠專一でありながら、緊張と軽快さが共存し、神を調える養生の意義を持つ。 釣りの喜びは、雑念を完全に消し去り、愁いをすべて解き放つ。これにより、釣りは積極的な休息であり、心を静め、神を養う方法であることがわかる。唐代の大詩人・儲光羲はこう書いている。「緑春湾に釣りをし、春深きに杏花乱れ、潭清きは水浅く疑い、荷動けば魚散る。」釣りの目的は魚を獲ることではなく、心を癒し、心身の健康を増進することにある。
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